壊れてからでは遅い!? 文化財を3Dで残さないと後悔する理由
文化財の3Dデータ化で、壊れる前に記録する方法と、データの残し方
建物が焼失・倒壊しても、元の形状と寸法をデータとして保存しておける。それが文化財の3Dデータ化です。
スマートフォンが故障して、バックアップを取っていなかった写真がすべて消えてしまった経験はありませんか。あとから撮り直そうとしても、同じ瞬間は二度と撮影できません。文化財も同じで、失われたあとで記録を取り直すことはできないのです。
「国の文化財なら、図面や記録が整備されているはず」と思うかもしれません。ところが文化庁によると、2024年の能登半島地震では、国が指定・登録した文化財だけでも300件を超える被害が出ています。耐震補強や修理を重ねていても被災は避けられない、という前提に立って、現在の姿を記録しておく必要があります。

この記事のポイント
被災前の記録が、修復・再建の根拠になる
ノートルダム大聖堂や熊本城では、被災前の計測データや写真と照合して、元の形状や石材の位置を特定しました。
文化財の3Dデータ化は「測る・残す・見せる」の3つで考える
用途に合う方法で計測し、30年以上読み出せる形式で保存し、公開する相手と範囲を決める。この3点を計測の前に決めておきます。
計測機器がなくても、写真で記録を始められる
首里城では、来訪者が撮影した写真から正殿の3Dモデルが復元されました。専用の機器を用意する前に、現在の姿を写真で網羅的に撮影しておくことができます。
01文化財の3Dデータ化とは?写真・図面との違い
文化財の3Dデータ化とは、建物や仏像、石垣などの形状を計測し、コンピューター上で任意の方向から観察したり、寸法を測定したりできるデータにすることです。資料をデジタル化して保存・公開する「デジタルアーカイブ」の手法の一つでもあります。
これまでの記録は、写真と図面が中心でした。それぞれで記録できる情報を3Dデータと比べると、次のようになります。
| 記録 | 記録できる情報 | 記録できない情報 |
|---|---|---|
| 写真 | 色・模様・劣化の状態 | 撮影していない角度、正確な寸法 |
| 図面(実測図) | 寸法・構造 | 色や汚れ、細かな劣化の状態 |
| 3Dデータ | 形状・寸法・外観を一括で | 壁の内部や部材の内側など、外から見えない部分 |
写真が「一方向から見た1枚」だとすると、3Dデータは周囲を一周しながら観察できる模型のようなものです。
ただし、3Dデータで記録できるのは外から見える形状だけです。部材内部の劣化や、職人がどのような工法で組み上げたかは記録できません。修理記録や図面、写真とあわせて保管しておく必要があります。
また、3Dデータは計測しただけでは活用できません。数十年後にファイルを開けない、だれにも閲覧されない、といった事態を防ぐには、測る(計測)・残す(保存)・見せる(公開)の3つを一連の作業として計画しておくことが大切です。

02文化財が失われる3つの原因
では、なぜ「壊れる前」に計測しておく必要があるのでしょうか。文化財が失われたり、元の形状を確認できなくなったりする主な原因は、次の3つです。
| 原因 | 起きた例 | 身近なたとえ |
|---|---|---|
| 火災 | 2019年の首里城の火災では、正殿を含む9棟が全焼した(文部科学省) | 保存していないパソコンのファイルが、停電した瞬間に消える |
| 地震・水害 | 2024年の能登半島地震では、耐震補強を済ませていた重要文化財「旧角海家住宅主屋」が倒壊した(文化庁) | 金具で固定した本棚でも、大きな地震では倒れることがある |
| 経年劣化 | 風雨・日射・虫害・湿気によって、木材や石材、塗装が少しずつ劣化する | 毎日会う家族の顔の変化は、昔の写真と見比べて初めて気づく |
まず火災と地震・水害は、一晩で元の形が失われる点が深刻です。

一方、経年劣化はゆっくり進むため、見落とされがちです。同じ箇所を数年おきに計測して比較すれば、どこがどれだけ変形・劣化したかを数値で把握できます。
そして、どの原因にも共通するのは、壊れたあとでは、元の形を計測できないという点です。
マーケターのひとこと
3D計測は、修理や公開の計画が決まってから検討されることが多いんですよね。しかし修理が始まると、足場や養生シートで覆われて見えなくなる箇所がありますし、修理後は姿が一部変わります。予算を確保できるなら、修理の計画が無いうちに、現在の姿を一度計測しておくことをおすすめします。
033Dデータが文化財の修復・再建に役立った3つの例
壊れたあとでは、元の形を計測できません。では反対に、壊れる前の記録があれば何ができるのでしょうか。実際の例を3つ紹介します。
ノートルダム大聖堂:研究者の点群が再建の基準に
2019年4月15日、パリのノートルダム大聖堂で火災が起き、屋根や尖塔が焼け落ちました。再建で活用されたのが、美術史家のアンドリュー・タロン氏が2010年にレーザースキャナーで計測していた大聖堂の点群データです。

GPS Worldの記事によると、この点群は約10億点で構成され、修復を担当した建築家は「正確な跡」と呼んでいます。点群は設計用の3Dモデル(BIM)に取り込まれ、天井のアーチ(ヴォールト)などを、推測に頼らず元の寸法と形状で再建できたとされています。
熊本城と石橋:被災前の記録と照合して元の位置に戻す
2016年の熊本地震では、熊本城の石垣が大規模に崩落しました。熊本大学などのチームは、崩落前の石垣の写真と落下した石材を、3次元の画像処理で照合しました。その結果、飯田丸五階櫓の石垣では、370個のうち337個(91%)の石材について元の位置を特定できたと発表しています。目視で照合した場合は約1割の誤りがあったとされ、この成果は熊本市の復旧工事の設計に使われています。

ジグソーパズルも、箱に完成図があれば早く組み上げられます。被災前の写真が、その完成図の役割を果たしたわけです。また熊本県は、石橋や古墳の石室について、被災前と被災後の3Dデータを比較して、修復の範囲と方法を決めていると公表しています。
首里城:来訪者の写真から3Dモデルを復元
2019年の火災のあと、研究者や学生のボランティアが観光客などから写真の提供を受け、2,128枚の写真から正殿の3Dモデルを復元しました。写真に写っていない部分は再現できないため、工事の設計図には使えません。それでも、専用の機器で計測していなくても、十分な枚数の写真があれば形状をある程度復元できることを示した例です。

04文化財を3Dで記録する4つの方法と選び方
ここまでの例では、いずれも壊れる前の記録が修復の根拠になりました。では、これから記録を取るなら、どの方法を選べばよいのでしょうか。文化財を3Dで記録する主な方法は、次の4つです。
| 方法 | しくみ | 長所 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 地上型レーザースキャナー | 三脚に据えた機器からレーザーを照射して距離を測定し、点群(点の集まり)として記録する | 寸法を高い精度で記録できる | 機器が高価。設置位置を変えながら計測するため時間がかかる |
| 写真測量(フォトグラメトリ) | 多数の写真から形状を計算し、3Dモデルを生成する | カメラだけで始められる。色や模様を記録しやすい | 撮影枚数や撮影方法で精度が変わる。光沢のある面や模様の無い面は形状を復元しにくい |
| ハンディ型スキャナー | 機器を持って歩きながら自己位置を推定し、点群を作成する(SLAM) | 広い境内や建物の内部を短時間で計測できる | 地上型に比べて寸法の精度が低い |
| 3DGS(3D Gaussian Splatting) | 写真や動画から、実写に近い外観の3D空間を生成する | 外観を写実的に再現でき、ブラウザでも軽快に表示できる | ミリ単位の計測には向かない |
3DGSは、2023年に発表された論文で広まった新しい手法です。樹木や瓦の重なり、光の当たり方まで、実写に近い外観で記録できるのが特長です。

方法を選ぶときは、まずデータを何に使うかを決めます。服づくりにたとえると、点群は仕立てに使う採寸表、3DGSは着た姿を写した写真にあたります。
- 修復・再建の資料にする:寸法の精度が重要なので、地上型レーザースキャナーで点群を取得します
- 公開・解説に使う:外観の再現性が重要なので、3DGSやフォトグラメトリが適しています
- 広い範囲を短期間で記録する:ハンディ型スキャナーで、境内や建物全体をまず計測します
- 計測機器をすぐに用意できない:首里城の例のように、現在の姿を四方から多めに写真撮影しておきます
マーケターのひとこと
計測範囲を決めるときは、正面や見どころだけを計測して終わりにしがちです。しかし修理で手を入れるのは、屋根や軒裏、床下、建物の背面といった、ふだん目にしない箇所であることも多いんですよね。範囲を決める段階で、修理の対象になりそうな箇所まで計測範囲に含めておくと、あとで「そこは計測していなかった」という事態を防げます。
05文化財の3Dデータを長く残し、公開に使うために決めておくこと
計測したデータは、数十年後の修復時に開けなければ意味がありません。ここでは、所有者や担当者が計測の前に決めておきたいことを、「残す(保存)」と「見せる(公開)」に分けて説明します。
残す:元データを、形式と保管場所を分けて保存する
内閣府の事務局がまとめた「デジタルアーカイブ活動」のためのガイドラインでは、長期保存は最低でも30年以上を想定するのが望ましいとされています。文化財の3Dデータに当てはめると、次のとおりです。
| 決めておくこと | 理由 |
|---|---|
| 公開用のデータだけでなく、元データ(点群・写真)も保存する | 新しい技術が登場したとき、元データから再処理できる |
| 汎用的な形式でも保存する(点群なら LAS・E57 など) | 作成に使ったソフトが使えなくなっても開ける |
| 保存場所を2か所以上にし(1か所は文化財から離れた場所)、4〜5年おきに新しい記録媒体へ移行する | 同じ建物に置くと火災で同時に失われる。ハードディスクも経年で劣化する |
| 計測日・計測者・使用機器・計測方法を記録しておく | 比較や修復の際に、データの精度を判断できる |
家の合鍵を家の中ではなく、離れて暮らす家族に預けておくのと同じです。データは、文化財と同時に失われない場所にも保管しておきましょう。
見せる:公開する相手と範囲を決める
3Dデータは、立ち入りが制限された場所や、失われた建物の姿を公開する手段にもなります。首里城の3Dモデルも、Google Arts & Culture の「首里城復興」で公開され、再建が完了するまでのあいだ首里城の姿を伝える役割を担っています。
公開する際は、まず公開する相手と範囲を所有者と決めておきます。たとえば、一般向けには外観のデータだけを公開し、詳細な寸法が分かる点群は修理関係者に限定する、という分け方ができます。
WANでも2015年に、通常は立ち入ることのできない被爆建物の内部を360度映像で記録し、歴史的建造物のVRアーカイブとして制作しました。

マーケターのひとこと
2015年の360度映像は、VRカメラがまだ入手しにくかった時期に、市販の小型カメラを6台組み合わせて撮影したものです。現在の基準で見ると、画質は粗く感じます。公開の手段は技術の進歩とともに古くなるため、公開用のデータとは別に、元データと撮影条件を保存しておくと、新しい技術で公開用のデータを作り直せます。
06文化財の計測から共有まで依頼できる「XGRIDS K2」と「Machica」
ここまでの「測る・残す・見せる」を、一つの流れでまとめて依頼する方法もあります。WANでは、手持ち型の3Dスキャナー「XGRIDS K2」で計測し、1回の計測から点群と3DGSの両方を作成しています。寸法を記録した点群は修復の資料として保存し、外観を再現した3DGSは公開や解説に使う、という使い分けができます。
さらに、作成した3Dデータは、WANが開発している3DGSビューワー「Machica(マチカ)」で、専用ソフトをインストールしなくてもブラウザで閲覧できます。文化財の記録に役立つ主な機能は次のとおりです。
- 限定公開・パスワード付きのURLで共有:アカウントを持たない人とも共有でき、公開範囲を相手ごとに設定できます
- 距離・面積・座標の計測:ブラウザ上で寸法の目安を計測できます(ミリ単位の計測には向きません)
- 元写真の表示:3DGSでは判読しにくい文字や細かなひび割れを、撮影した位置の元写真で確認できます
- 撮り比べ:撮影日の異なるデータを左右に並べたり重ねたりして、劣化や被災の前後を比較できます
修復の担当者には寸法を、見学者には外観を、と同じ3Dデータを相手に合わせて提示できるのが、ブラウザで共有する利点です。
07まとめ:文化財の3Dデータ化は「測る・残す・見せる」の3つで考える
能登半島地震では、国の文化財だけで300件を超える被害が出ました。文化財の損壊を完全に防ぐことはできませんが、壊れる前の記録があれば、元の形を確認して修復することはできます。文化財を3Dデータで記録するときの手順を、3つに分けてまとめます。
測る:用途を決めて、壊れる前に計測する
修復の資料なら寸法を記録できる点群、公開や解説なら外観を再現できる3DGS、と用途に合わせて方法を選びます。範囲は見どころだけでなく、修理の対象になりそうな箇所まで含めましょう。計測機器をすぐに用意できない場合は、四方から写真を撮影しておくだけでも修復の手がかりになります。
残す:元データを、離れた2か所以上に保存する
公開用のデータだけでなく、元データと計測条件も保存します。保存場所は文化財と別の場所にも確保し、記録媒体は数年おきに新しいものへ移行します。
見せる:公開する相手と範囲を決めて、修復にも教育にも活用する
公開する相手と範囲を決めておけば、同じ3Dデータを修復にも、教育や観光にも活用できます。
文化財の3Dデータ化を検討するときは、計測の範囲、元データの保存場所、公開する相手の3つを、計測の前に決めておくことをおすすめします。
出典・参考
文化庁 広報誌「ぶんかる」 https://www.bunka.go.jp/prmagazine/rensai/news/news_013.html (2024年6月4日公開、2026年10月20日確認)
文化庁 事務連絡(令和7年4月2日。能登半島地震で被災した文化財について) https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/hogofukyu/1411329.html (2026年10月20日確認)
文部科学省「首里城跡で発生した火災の被害状況報告の概要」(令和2年1月31日) https://www.mext.go.jp/unesco/002/006/001/shiryo/attach/mext_00506.html (2026年10月20日確認)
Nancy Kenney「Laser scan may one day aid Notre Dame's restorers」The Art Newspaper https://www.theartnewspaper.com/2019/09/16/laser-scan-may-one-day-aid-notre-dames-restorers (2019年9月16日公開、2026年10月20日確認)
Jesse Khalil「Notre-Dame Cathedral reopens: 3D mapping guides historic restoration」GPS World https://www.gpsworld.com/notre-dame-cathedral-reopens-3d-mapping-guides-historic-restoration/ (2024年12月4日公開、2026年10月20日確認)
熊本大学 プレスリリース(熊本城の石垣の石材の照合) https://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakujouhou/kouhou/pressrelease/2022-file/release220927.pdf (2022年9月27日公開、2026年10月20日確認)
熊本県「文化財の三次元データを公開!」 https://www.pref.kumamoto.jp/soshiki/125/80300.html (2026年10月20日確認)
OUR Shurijo みんなの首里城デジタル復元プロジェクト https://www.our-shurijo.org/ (2026年10月20日確認)
国立国会図書館 カレントアウェアネス・ポータル(Google Arts & Culture「首里城復興」の公開) https://current.ndl.go.jp/car/42410 (2026年10月20日確認)
デジタルアーカイブジャパン推進委員会 実務者検討委員会「デジタルアーカイブ活動」のためのガイドライン(令和5年9月) https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/digitalarchive_suisiniinkai/pdf/guideline_2023.pdf (2026年10月20日確認)
写真:Wikimedia Commons
Kerbl, B. ほか「3D Gaussian Splatting for Real-Time Radiance Field Rendering」ACM Transactions on Graphics 42巻4号(2023年) https://arxiv.org/abs/2308.04079

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