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仮想空間がズレているとAIは育たない? フィジカルAIを学習させるシミュレーション環境とは

ロボットや建機のAIを、デジタルツインで安全に学習させるために必要な再現の精度と進め方

自動運転タクシーを運行するWaymoは、公式サイトで、これまでに実際の道路を2億マイル以上走り、シミュレーションの中では200億マイル以上を走らせてきたと紹介しています。AIが積んだ走行の経験の大半は、仮想空間の中にあるということです。

ロボットや建機、車両の自動化にAIを使おうとすると、危険な場面やめったに起きない場面のデータが足りないという壁にぶつかります。人や機械がぶつかりそうな場面を、学習のために現場でわざと起こすわけにはいかないからです。そこで、現実の現場を仮想空間に再現し、その中でAIに経験を積ませる方法が使われています。

ただし、仮想空間と現実の違いが大きいと、シミュレーションでは上手にこなせていた作業を、現場ではこなせないことがあります。

夕暮れの建設現場で、ショベルの機体と地面が青い線と点の集まりにほどけていく画像に、「AI・シミュレーションの技術解説」「仮想空間がズレているとAIは育たない?」「フィジカルAIを学習させるシミュレーション環境とは」の文字を重ねた画像

この記事のポイント

危険な場面やまれな場面は、仮想空間で学ばせる
現実では集めにくい失敗やまれな状況を、シミュレーションなら何度でも作れます。物の位置などの正解のデータも、仮想空間から自動で取り出せます。

仮想と現実のズレが大きいと、現場で動かない
このズレはSim2Realギャップと呼ばれます。すべてを本物そっくりにするより、AIが判断に使う形・物理・センサーを現実に合わせることが大事です。

環境は「学ばせる内容・再現の精度・現実での確かめ」の3つで考える
何を学ばせるかを決めてから再現する範囲を決め、実機で確かめた差を仮想空間に戻すことをくり返します。

01フィジカルAIとは?シミュレーションで学習させる理由

ロボットや自動運転車、建機のように、周りの状況をセンサーで認識して判断し、現実の機械を動かすAIは、フィジカルAIと呼ばれます。文章や画像を扱う生成AIとの大きな違いは、AIの判断が、現実の機械の動きになって返ってくることです。

文章を書くAIは、インターネット上の大量の文章から学習できます。しかし、建機のアームをどう動かすと土がどう崩れるかといった「動いた結果」のデータは、機械を実際に動かして集めるしかありません。現場で集める場合と仮想空間で集める場合を比べると、次のようになります。

比べること現実の現場で学ばせる仮想空間で学ばせる
危険な場面わざと起こせない何度でも作れる
試せる回数機械の台数と稼働時間に限られる何台分も並べて、実際より速く動かせる
まれな場面(悪天候・故障・人の飛び出し)起きるのを待つしかない条件を変えて作れる
正解のデータ(物の位置・名前)人が1枚ずつ付ける仮想空間の情報から自動で出せる

とくに、試行錯誤をくり返してうまくいった行動を覚える強化学習では、失敗も含めて膨大な回数を試すため、実機だけで行うのは現実的ではありません。仮想空間でつくる学習用のデータは合成データと呼ばれ、画像に写っている物の正解も自動で付けられます。フィジカルAIの開発基盤を提供するNVIDIAも、用語集で、物理にもとづくシミュレーションと合成データを使い、まれな場面や安全に関わる場面も含めて学習・検証してから、ロボットや車両に載せると説明しています。

建設の分野でも、機械の自動化は国の方針になっています。国土交通省が2024年4月に策定した「i-Construction 2.0」は、2040年度までに建設現場の省人化を少なくとも3割(生産性を1.5倍)にすることをめざし、「施工のオートメーション化」を3本の柱の一つにしています。

02人が使うシミュレーターとAIを学習させるシミュレーターの違い

仮想空間に現場を再現するという点では、AIの学習環境も、これまでの訓練用のシミュレーターと同じです。ところが、使うのが人なのかAIなのかで、作るときに大事にすることが変わります。

展示会のメタトレのブースで、モニターに映したショベルの運転席の視点を見ながら、レバーで操作している体験者
図1人が操作する訓練用のシミュレーターの例。WANの建機シミュレーター「メタトレ」(CSPI-EXPO 2026 のWANのブース)
項目人が使う訓練用シミュレーターAIを学習させるシミュレーター
仮想空間を見るもの人の目(モニターやVRの映像)カメラやLiDAR(レーザーで距離を測るセンサー)のデータ
大事にする精度操作の手ごたえと、違和感のない見た目物の形と位置、物理の動き、センサーの出力の数値
時間の進み方実際の時間と同じ速さ実際より速く、何台分も同時に動かせる
正解のデータ要らない(指導者が見て教える)物の位置や名前、結果の良し悪しを自動で出す
評価のしかた指導者や採点の機能が評価する決めておいた基準(報酬)で、AIが自分の行動を評価する

人の訓練では、遠くの木の葉が多少粗くても問題になりません。人は見た目の粗さを経験で補い、レバーを倒したときの機械の反応に集中できるからです。これに対してAIは、与えられたセンサーのデータをそのまま手がかりにして覚えます。言いかえると、人のためのシミュレーターは「人がどう感じるか」を、AIのためのシミュレーターは「センサーにどう映り、物がどう動くか」を現実に合わせることが中心になります。

マーケターのひとこと

すでに訓練用のシミュレーターや3Dモデルをお持ちなら、それを土台にできる場合があります。ただ、人が見るために作った3Dモデルは、画面に映らない裏側や内部を省いていることが多く、センサーの再現には足りないこともあります。手もとの3Dモデルや図面を一度見せていただくと、そのまま使える部分と作り直す部分を早く切り分けられます。

03仮想と現実のズレ「Sim2Realギャップ」とは

シミュレーションで学習させたAIを現実で動かすと、仮想空間の中より成績が下がることがあります。この仮想(Simulation)と現実(Real)の差は、Sim2Realギャップ(シム・トゥ・リアル・ギャップ)と呼ばれます。教習所のコースでは上手に走れても、初めて公道に出ると戸惑うのと似ています。

ズレの種類例AIに起きること
見た目光の当たり方、汚れ、地面の模様が現実と違うカメラで物を見分ける精度が下がる
物理重さ、摩擦、土の硬さ、油圧の反応の遅れが違う力の入れ方や止めるタイミングがずれる
センサー現実のカメラのぶれや、LiDARのノイズ・反射の抜けが無い現実のデータを読み違える
空間と場面地形や物の位置、人の動き方が違う選ぶ経路や判断がずれる

ズレが生まれるのは、仮想空間が現実のすべてを再現しているわけではないからです。そのうえAIは、いつも同じ照明、ノイズのないセンサーといった仮想空間にしか無いくせまで手がかりにして覚えてしまうことがあります。

では、すべてを現実そっくりに作ればよいのかというと、そうとも限りません。2017年に発表されたTobinらの研究では、現実にはありえないランダムな模様を付けたシミュレーションの画像だけで、物の位置を見つけるAIを学習させました。それでもこのAIは、現実のカメラ画像で1.5センチの精度で物の位置を検出できたと報告されています。

この方法はドメインランダム化と呼ばれ、見た目が毎回変わる中で学ばせることで、AIが見た目に頼らずに判断するようになります。ただし、この研究は物の位置を見つける実験で、機械を動かす作業すべてに同じ結果が出るとは限りません。それでも、すべてを本物そっくりにするより、AIが判断に使う部分を現実と合わせることが大事だという考え方は、環境をつくるときの出発点になります。

04シミュレーション環境で精度をかけるべき3つの要素

見た目はばらつかせても学習できる一方で、ごまかしがきかない部分もあります。物の形と位置、物理の動き、センサーの出力の3つです。

形と空間は現実の計測データから作る

仮想空間の地形や建物、設備の形が現実と違っていれば、AIが覚えた経路や作業の手順は現場で合いません。国土交通省のPLATEAUの実証「3D都市モデルとBIMを活用したモビリティ自律運航システム」では、3D都市モデルを置いた仮想空間で仮想のLiDARを走らせて作った点群データを、現実の車両が自分の位置を推定するのに使いました。その報告では、植え込みやフェンスのように3D都市モデルで再現されていない設備があると、仮想空間と現実がずれて自律走行が難しいという課題が残ったとされています。

細かい設備まで現実に合わせるには、現場をレーザースキャナーや写真で計測し、その3Dデータをもとに仮想空間をつくります。計測した点の集まり(点群)からは寸法を、写真から作る3DGS(3Dガウシアンスプラッティング)からは現場の見た目を取り込めます。

同じ駅前の工事現場を、左は点群、右は3DGSで表した比較の図
図2同じ現場を点群(左)と3DGS(右)で表したイメージ。点群は寸法の記録、3DGSは見た目の記録に向く

点群と3DGSの違いは、3DGSとは?点群との違いと建設分野での活用方法で詳しく解説しています。

物理と動きは実機のデータで合わせる

アームの重さ、油圧の反応の遅れ、土の崩れ方、タイヤと地面の摩擦などが現実と違うと、力の入れ方を覚えるAIは現場で動きがずれます。物理シミュレーションの設定値は、カタログの値だけで決めず、実機を動かして記録したデータと見比べて合わせ込みます。

センサーは現実のくせまで再現する

現場でAIが受け取るのは、ぶれやノイズを含んだセンサーのデータです。カメラのレンズのゆがみや明るさの変化、LiDARのノイズ、ガラスや水たまりでレーザーが返ってこない現象などを、仮想のセンサーにも入れておきます。センサーの取り付け位置と向き、写る範囲(画角)を実機と同じにしておくことも欠かせません。

マーケターのひとこと

3Dの仮想空間は、つい見た目の作り込みに時間をかけたくなります。ただ、AIの学習用では、カメラの位置が実機と数センチ違うだけでもAIが見る景色は変わります。ご相談の前に実機のセンサーの型番と、取り付け位置が分かる図面があれば、細かく作り込む範囲と、見た目をばらつかせてよい範囲の線引きができます。

05Sim2Realギャップを小さくする進め方

3つの要素を正確にしても、ズレはゼロにはなりません。現実には、シミュレーションで想定していなかった出来事が必ず起きるからです。そこで、一度で完成させようとせず、現実で確かめた結果を仮想空間に戻すことをくり返します。国土交通省が2026年9月にまとめた「建設分野におけるフィジカルAI戦略(中間とりまとめ)」も、シミュレーションと実機の差が生じることを前提に、その差を小さくしながら、仮想空間と実際の現場の間で改善をくり返すサイクルを作ることが重要だとしています。

段階やること確かめること
1 計測現場の形を3D計測し、実機の動きとセンサーのデータを記録する学習に必要な範囲と場面がそろっているか
2 再現計測データから、仮想空間と機械・センサーのモデルを作る同じ操作をしたとき、仮想と実機の動きやセンサーの値が近いか
3 学習見た目や条件をばらつかせて、AIを学習させる仮想空間の中で、目標の成績が出ているか
4 検証安全を確保した場所で、実機にAIを載せて動かすどの場面で成績が下がったか
5 修正成績が下がった場面を仮想空間に足し、物理やセンサーの設定を直す次の学習で、その場面の成績が上がったか

なかでも大事なのが2の段階です。AIを学習させる前に、同じ操作をしたときの仮想と実機の動きを比べておくと、あとでAIの成績が悪かったとき、原因がAIにあるのか環境にあるのかを切り分けやすくなります。

雨の日の路面や細かい土の粒のように、どうしても正確に作れない部分も残ります。そうした部分は条件をばらつかせて学習させ、AIがその違いに頼らないようにしておきます。

06仮想空間とシミュレーターを作ってきたWANのAI学習環境づくり

WANは2010年の創業から、3DCGやXRで仮想空間をつくり、建機などのシミュレーターを開発してきました。通信、建設機械、鉄道などの大手企業のシミュレーション環境も手がけています。

自社で開発している建機シミュレーター「メタトレ」では、3DCGと物理シミュレーションで建設現場を再現しています(図1)。こうした人のためのシミュレーターづくりで積み重ねてきた、現場の再現と物理の調整を、AIを学習させる環境づくりに生かしています。

メタトレ+のイメージ。左に「熟練技能をデータ化し、VLM・フィジカルAIへつなぐ建機訓練基盤」の文字、右にワイヤーフレームで描いた運転席の人物と建機の現場
図3大学と共同で研究開発を進めている「メタトレ+」のイメージ

研究では、大学と共同で「メタトレ+」の研究開発を進めています。令和8年度の「成長型中小企業等研究開発支援事業(Go-Tech事業)」に採択されたもので、AIを活用して熟練者の技能を数値にし、次の世代と機械へつなぐことに取り組んでいます。

  • 受託開発:現場や設備の計測から、仮想空間、機械とセンサーの再現まで、AIの学習に使えるシミュレーション環境を開発します
  • 自社開発:メタトレの開発で、建機の動きの再現と物理シミュレーションの技術を積み重ねています
  • 共同研究:大学や企業と組んで、仮想空間で学んだ判断を現実の機械の動きにつなぐ研究を進めています

「この現場をAIの学習に使える形で再現できるか」「手もとの3Dデータや図面から始められるか」といった、構想の段階からご相談いただけます。

07まとめ:AI学習用のシミュレーション環境は「学ばせる内容・再現の精度・現実での確かめ」で考える

Waymoがシミュレーションで200億マイル以上を走らせているように、AIの経験の多くは仮想空間で積まれます。仮想空間で学んだAIを現場で動かすために、環境を用意する側がやることを3つにまとめます。

学ばせる内容:AIが使うセンサーと判断を先に決める

どの機械が、どのセンサーのデータで、何を判断するのかを最初に決めます。ここが決まると、仮想空間で細かく作る所と、ばらつかせてよい所が分かれます。

再現の精度:形・物理・センサーを現実のデータで合わせる

現場の3D計測データ、実機の動きの記録、センサーの仕様をそろえてから、仮想空間をつくります。見た目の作り込みより先に、AIが判断に使う部分の数値を現実と合わせましょう。

現実での確かめ:実機で試した結果を仮想空間に戻す

学習の前に仮想と実機の動きを比べ、学習のあとは実機で成績が下がった場面を仮想空間に足します。確かめの段階と費用を、計画の最初から入れておくと、途中で行き詰まりにくくなります。

AIの学習にシミュレーションを使うときは、学ばせる判断、使うセンサー、実機で確かめる場所と時期の3つを、環境づくりを始める前に決めておくことをおすすめします。

出典・参考

Waymo「Waymo Driver」 https://waymo.com/waymo-driver/ (2026年10月27日確認)
NVIDIA「What is Physical AI?」(用語集) https://www.nvidia.com/en-us/glossary/generative-physical-ai/ (2026年10月27日確認)
国土交通省「「i-Construction 2.0」を策定しました」(2024年4月16日) https://www.mlit.go.jp/report/press/kanbo08_hh_001085.html (2026年10月27日確認)
国土交通省「建設分野におけるフィジカルAI戦略(中間とりまとめ)」(2026年9月) https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/002020333.pdf (2026年10月27日確認)
Tobin, J. ほか「Domain Randomization for Transferring Deep Neural Networks from Simulation to the Real World」arXiv:1703.06907(2017年) https://arxiv.org/abs/1703.06907 (2026年10月27日確認)
国土交通省 PLATEAU「3D都市モデルとBIMを活用したモビリティ自律運航システム(車両)v2.0」 https://www.mlit.go.jp/plateau/use-case/uc23-17-2/ (2026年10月27日確認)

モニターに映した建機の運転席の視点を見ながら、レバーでシミュレーターを操作している人

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